平成12年の1月8日からずっと学校を休んでいました。休職3年目、来年度の身の振り方を考える時期になったので校長先生がこられました。私は「せっかく3年間休ませていただきましたが毎週通院している状態で先が見えないので退職させていただきたいと思います」と自分で言いました。傷病手当金目当てに休んでいたのかとなじられるかと思っていたら、「私は母親らしいことを何もできずにここまで来てしまいました。みわさんはこれからお子さんのことをずっと見ていられる、そういう幸せもありますよ」と言われました。ダンナも「今は子どもが小さいから無理だし本人の病状も先が見えないので仕事は無理ですがそのうち子どもたちがしっかりしてきて本人の状態もよくなって希望があれば臨時の仕事でも」とフォローしてくれました。中学校教員生活、13年で終了です。
投稿者 みわ(歌うたい) at 2002年10月22日 19:55Re: 13年
お疲れ様
?で良いのでしょうか?
これからは、お子さんの成長を楽しみに、みわさん自身の体調にも気を配りつつ
がんばってください。
みわさんのお子さんが私にはとても羨ましく見えます。
私は両親とも共働きで、親戚の家に預けられていました。
今でも親戚の家は第2の私の家ですが、やはり母に側にいてもらいたいと思った事も何度も
ありました。
話がそれてしまいました(><)
気の利いた言葉も見つからず、長々としみませんでした!!
Re: 13年
お疲れ様でしたみわさん。これから心機一転少し今までとは生活になるかと思います。お子さんのそばにいながら好きなことをして楽しんでください。応援しています。
すてきなラストですね
おつかれさまでした! 先生☆
Re: 13年
お疲れ様でした。
私も子供の頃は親の顔色見て暮らしてました。みわさん、これから自分の為の有意義な時間を持てるといいですね。のんびり生きましょうよ。私ものんびり生きます。
Re: 13年
本当にお疲れさまでした。。
ゆっくりとじかんを過ごされてください。。
私も仕事を辞めた後まずそうしました。。