2003年01月21日

すごく久しぶりです  [いろいろ

ものすごーく久しぶりに書き込みします。
やっぱりここのHPは楽しいなあ。

ものすごく暗い話で恐縮なんですが、去年私の兄が病気で余命いくばくもないことがわかって落ち込んでいました。そんなこともあってなかなか書き込みできませんでした。
年末は越せないだろうと言われていたけれど、なんとか年を越すことができました。でもやせ細っています。本人には告知していないので、元気になって職場に復帰することを楽しみにしています。
離婚して独り身なので(子どもはいない)実家の両親が病院に通っています。
私も行きたいけれど手の掛かる幼児がいるのでままならない状態・・・。

最近兄はわがままになり、母が気の毒になったりします。何か察しているときもあるのか「俺は死ぬのかなあ」と言ってみたり、母に怒鳴ってみたり、「まだ帰らないでくれ」と母に甘えたり。
そんな兄に腹が立つものの、やっぱりかわいそうだと思ったりでなにがなんだかわからなくなってしまいました。

でも母は「これも最後、もうわがままも聞けないから」と毎日病院へ行っています。70を超えた両親が息子の葬式のことを考えるなんて、と涙がでてしまいます。

生きているといろいろつらいことがある。お金がないって嘆いたり、ダンナが優しくないって愚痴ったり、子どもが言うこと聞かないって腹がたったりもする。でも、生きている、ということだけでありがたくて大切なことなんですよね。ほんとにそんなことをしみじみ思っています。
一度しかない人生、やりたい、こうなりたいってことを目指していかないと損だ、ということも思います。

兄には苦しんでほしくない。これだけが私の願いです。今とっても痛がっているので・・・。
悲しいのは私の息子が大きくなったとき、おそらく優しかったおじさんの記憶はないだろうということです。

なんだか暗いこと書いちゃってごめんなさい・・・。

投稿者 くっきー at 2003年01月21日 20:10
返信

Re: すごく久しぶりです
今読み返してみたら、なんだか支離滅裂な文ですね。
お恥ずかしい・・・。

投稿者: くっきー at 2003年01月21日 23:11

死に行く事
くっきーさん、こんにちは。お久しぶりですね。
>今読み返してみたら、なんだか支離滅裂な文ですね。お恥ずかしい・・・。
このような状況の時に様々な思いが交錯するのは当然の事です。
「死の瞬間(エリザベス・キュブラー・ロス著)」を読んだことがありますか?
回復不可能な重篤な病を得た人が死に至るまでを書いた本です。
死に行く本人は勿論、死に行く人の周辺の人もどのように接するか、そこから何を学べるかが分かると思います。
本人に「必ず治る」などと嘘をつくのは本当に必要な事を語り合う為の妨げになります。
実家のお父さんお母さんたちとも、この本を読んだ上、告知しないでいることについて語り合ってみて下さい。
いらついているお兄さんは体の苦しさだけでいらついているのでしょうか?
それとも、誰も真実を伝えてくれない事についてもいらついているのでしょうか?
くっきーさんの息子さんは、優しかったおじさんの記憶が今はあるのですね。
お兄さんの態度も、これから変わる可能性があります。
お兄さんは、死地に赴く事で私たちの先輩です。死を見つめる事が出来るなら、私たちに生き方に付いて大切な事を伝えてくれるかも知れません。

投稿者: いなっち at 2003年01月22日 08:25

Re: すごく久しぶりです
そんなことになっていたなんて・・・。
最近おみかけしないんで、どうしてるかなって、おもっておりましたが。
告知されてなくても、お兄さんは、自分自身の体ですから、自分がよくわかってることなので、ものすごくいろんなおもいを抱えて不安になられてるんでしょうね。
毎日、看病に通われてるくっきーさんのお母さんの言葉を読んで、涙がでてしまいました。
告知については、いなっちさんのおっしゃることもわかりますが、必ずしも、本にあったすばらしい死の瞬間の体験が、ほかの人にもあてはまるっていうことにもならないという点も重々考えなくてはならいとおもいます。(いなっちさん、反論してるわけじゃないんですよ。ってしてるから・・)
私は、告知には二つの大きな意味があるかなっておもってます。
ひとつは、病気と前向きに闘うためのものの告知、そして、もうひとつは命の期限をしり死を受けいれることができた上で、それまでどのように生きるかと考え、短い命を何倍も強く輝かせて終えるための告知とあるとおもうんです。
くっきーさんのお兄さんの場合、お話から察して、年が越せるかどうかわからないといわれたということですから、ここで、告知をして、自分の死を冷静に受け入れて、平穏な気持ちになられるまでに、時間がどれだけかかるかということを考えたら、どうだろうかと私はおもいました。自分の命の限りをしったら、だれだって、ショックははかりしれないです。これから立ち上がる時間が人によって、どれだけかかるかわかりません。しかも、くっきーさんのお兄さんの場合、命の期限が目前にせまってるときにを知るわけですから、体の状態にこのショックがどのくらい大きく影響するかということも、考えなければならないとおもいます。
告知は、その人の体をふくめたさまざまな状況と、それと、やはり、告知を受ける方の精神力をふくめて(受け止めて乗り越えられるか)の性格をよくよく考えて、するかしないか判断しなくてはならないわけですが、しないときめた場合、隠し通すつらさを身内が最後まで背負うことになるんで、それはまた、別の覚悟がいりますね。
私は、やさしい嘘をついていたとしても、必ずしも必要なことを語り合うことに妨げになるとはおもってません。
死の期限がせまってるんで、大事な事を話しておきたいということもわかりますが、いままで、いきていろんな時をすごしてきたご家族なので、たくさんそれまでにいろんなことを通してわかりあってる部分あるんで、わかりあえることもあるとおもいます。
なんていういんでしょうか、安らかな死をむかえるために、手をとりああって触れ合うことで、また、やさしいまなざしの中で、親子のぬくもり、兄妹のぬくもりをかんじ、お兄さんの漠然とかられている死への不安をすこしでも、はらってあげたればっておもうんです。

こんな風にかいてると、告知に賛成してないかんじにうけとめられそうですが、私自身は、自分にこういう状況がおとずれたときは告知してほしいとおもってます。だんなにもそういうこと、ある出来事を通したときに、それとなく伝えています。一緒に、私の両親にはいわないでといってます。どこかの時点できづいたとしても、それまでは、伝えないでといってます。

お兄さんが穏やかな日が送れることを祈ってます。
くっきさん、そして、くっきさんのご両親もたいへんでしょうが、お身体お気をつけて。

投稿者: ぴあの at 2003年01月22日 10:07

Re: すごく久しぶりです
こんにちは!お久しぶりです。
参考にならないかも知れませんが・・・。「告知」に関して私の体験したいくつかの話をさせていただきます。
まず、私の母方の祖父の時は告知をしませんでした。3年ぐらい入退院を繰り返していた記憶があります。私が小学校低学年時代の話です。最後の1年は家に帰ることもできなくなりその頃は、わがままなおじいちゃんになってました。夜中騒いで暴れて、大部屋から個室に移されたり。体の弱い祖母にはなかなか大変な付き添うだったと思います。うちの家族が告知しなかったのは、祖母の願いでした。本人はうすうす気がついて、お医者さんや看護婦さんを問いただしたり。もちろん、家族を問いただすこともありました。うちの父に向かって、「赤の他人のお前にさしずされる覚えはない!俺はお前達の結婚をゆるしたわけじゃない」って感じのことを言われたこともありました。その時、うちの父は「家にそんなに帰りたいなら。おとなしく治療して下さい」って怒鳴ったそうです。それが祖父には良かったらしくそれ以来おとなしくなりました。自分で自分の死が近づいてるとさとった祖父は、多分みんなが妙に自分に気を使いやさしかったのが逆に祖父には辛かったんだと思います。父が本気で怒ってくれたことでちょっと何かほっとしたんだと思います。お医者さんから聞いていた「もって1年」は「3年」という長さへ変わりました・・・。ちなみに、私と祖父は血がつながってません。祖母が再婚した際の連れ子が母だからです。そのことを知ったのは何年も後でした。それでも、私には「やさしいおじいちゃん」だったって記憶が残っています。
もう一つは、私の友人の母です。家族で決めて告知しました。告知から半年後なくなりました。告知後は、夫婦二人で老後に行こうと行っていた旅行へ出掛け。ホント充実した毎日を送っていたそうです。誰が見ても、病気を持ってるってわからないぐらい元気なお母さんでした。
最後は、親類の男性の話です。告知があったかどうかは詳しいこと知りません。
ただ、本人が自分の病名を知って(感じて)後先が長くないってことはわかっていたのか・・・。感じていたそうです。
奥さまが、看病疲れで倒れてしまって入院することになりました。奥さまの看病するのに外泊届けをお願いしたけど受理されませんでした。その次の日、病院を抜け出して自分の命をたったそうです。遺書には、「これ以上迷惑はかけれない」って感じの内容がかかれていたそうです。
「死」が身近に感じてる本人は、いろいろな感情を持っていると思います。だからこそ「告知」って、難しいと思います。いいときと悪いときどちらも考えていかないといけないと思います。お兄さんも、今はいろいろ考える時だと思います。だからこそ、家族の支えは大事です。家族も大変です。でも、家族です!!今のお兄さんを救えるのは家族だと思いますよ。

投稿者: 新米まーちゃん at 2003年01月22日 13:04

Re: すごく久しぶりです
お久しぶりです。
命の期限がある身内を抱えた家族の苦しみ(本人も苦しいのでしょうけど)は、大変なものがありますよね。告知してもしなくても、「これでいいのだろうか?」と「これでいいんだ」の間を行ったり来たりする事でしょう。精神的に煮詰まって「いっそ全てを打ち明けたら自分が苦しみから逃れられるじゃないか?」なんて悪魔のささやきが心の奥底で聞こえてきたり、「1番辛いのは病気の本人なんだ」と歯をくいしばったり。義母が余命半年程度と宣告され、9ヶ月後に亡くなった時がそうでした。患者の状態(肉体・精神だけでなく、総合的な状態)によって、告知できる場合もできない場合もあるとは思いますが、全ては患者と残される家族に良かれと思ってなされる事だと思います。
くっきーさんもご両親もさぞお辛い時期だとは思いますが、お兄様の生き様を最後まで見届ける事で、あまりと遠くないといわれているお別れの後の心のよりどころとなる事もあります。うちがそうでした。義母は私達が心の準備をする間(言われた期限より3ヶ月ほどですけど)、頑張ってくれたんだと今でも思っています。
頑張って!

投稿者: めっけもん at 2003年01月22日 14:07

Re: すごく久しぶりです
皆さんありがとうございます。とても嬉しかった。こんな暗いことを書いて、と反省しつつ本当は誰かに聞いて欲しかったんだと思います。

そういいつつ、なかなかゆっくり書き込めないので皆さんへまとめてレスさせてくださいね、ごめんなさい。
いなっちさん、私も何度も告知した方が・・・とも思いました。が、ぴあのさんもかかれたように告げられた余命があまりに短く、告知を受け入れられるようになるまでには時間が足りない、と思いました。今は俺は治って戻るんだ、という気持ちが兄の支えだと思っています。
確かに「治る」と本人に嘘をつくことはいろいろなことの妨げになっているかもしれません。が、いつも通りの家族のままでいる方が幸せなのではないかとも思います。けんかをしたり、テレビをみて笑ったり(個室にいるので結構自由にできます)。
そういえば去年は一時的に退院でき、あちこち出かけたりしていました。
飲み会にいったり、それなりに楽しく過ごしたようです。

新米まーちゃんさんの周りにも同じような境遇のかたがいらしたのですね。私のまわりでは初めてのことなのですごく参考になります。
告知されたお友達のお母さんは、幸せな時間を過ごされたのですね。兄はそこまでできるかなあ?
めっけもんさんのお義母さんは告知をされなかったのですね。大変だったけれど、充実した時をすごし穏やかな最期を迎えられたのだと思います。
私もぴあのさんのように告知してもらいたい、と思っています。
夫に頼んでいるけれど、「言えないかもしれない」といって約束はできないそうです。そのときにならないとわからないのかもしれませんね。

ここに書き込んで、なんだか気持ちが落ち着きました。 
みなさんありがとう!!
穏やかな時間が過ごせるように、私も少しでも協力したいと思っています。

投稿者: くっきー at 2003年01月22日 16:56