あぁ椎間板ヘルニア その16 〜いよいよ歩く〜

<いよいよ歩く>
病院の夜は長いので、痛みが無くてもあまり寝られないものだ。手術後2日目を迎えた。予定でいくと今日はいよいよ立てる日だった。昼前に看護師さんがあらわれて「じゃ歩く準備しますね。」と言った。待ちに待った時である。
とは言っても、私の体はすっかり寝たきりモードになっていた。だから徐々に体を起していく必要があった。はじめの段階としてベッドの角度を30度くらいに起こした状態でしばらく過ごすことを指示された。ベッド下のハンドルを看護師さんがぐるぐる回すとベットの上半身側が起きてくるのだ。スキーで30度の斜面が急に思えるのと同じで、その角度は私にとっては決して緩い角度ではない。看護師さんは私の頭の脇にナースコールのスイッチを置いて、「気分が悪くなったら呼んでくださいね。」と言って出て行った。仰向けに腰が曲がる久しぶりの感触だが、私の腰は首の据わらない赤ちゃんの首のように腕で支えないとすぐにグニャッといきそうな不安定さだった。
しかも不安定さを抑えるにはどの筋肉に力を入れてよいか分らないという困った状態だ。まだ不安で腰には力をかけられない。それでも私は腕に力をいれて、早まった行動だが、試しに体をもっと起こしてみることにした。腰が90度に曲がったことに感動したのもつかの間、なんだか船に乗って大きな波に乗っているように、私の周りが回っているような感覚に襲われた。これはまずいと思ってすぐに元の姿勢に戻ったが、それでも初めてベッドで体を起こせたのは感動ものだった。30分くらいすると看護師さんが戻ってきて、「じゃもう少し起こしますね」と言って今度は60度程度に起こされた。
看護師さんは「この状態でしばらく過ごして、次にトイレに行きたくなったら歩いてみましょう。トイレに行きたくなったらナースコールしてくださいね。」
と言って再び出て行った。しばらくすると、フラフラ感はかなりおさまってきたが、腰を曲げるとまだ坐骨神経痛が残っていて足が痛いため、私にとって決して楽な姿勢ではなかったが何とか我慢した。

しばらくすると昼ご飯になった。私はこの日の昼から通常の食事が許されていたのだ。メニューはシーフードガーリックライスだった。ガーリック風味のシーフードピラフと言った感じのものだ。この病院の食事は味も良く、元々満足だったのだが、2日ぶりの口からの食事は本当に美味しかった。まだテーブルとの距離もあり、頭の高さも低いため、食べにくい体勢だったが、なにより普通に体を起こして食事できたことが本当に嬉しかった。

嬉しい時間は長くは続かないもので、食事が終わってしばらくするとおなかが痛くなってきた。私は術後の経過は基本的に順調だったのだが、腸の動きは今ひとつだったのだ。それが、食事が刺激になって動きが戻ってきたのかもしれない。私は歩く練習というのがどの程度必要なのか分らなかったが、間違ってもまたオムツでというのは避けたかったため、私は直ぐにナースコールを押した。そのままとっととトイレに行きたかったからだ。

すると前とは違う看護師さんが現れた。「トイレ行きたいんですけど。トイレに行くときに、歩く練習することになっているんです。」
「わかりました。じゃあ起きてみてください。」
私はトイレに行きたい一心で、いきなりベッドから悪いほうの足をついて立ち上がった。練習というほどだから、歩くまでにはいろいろ手順があったらしいが私は一気に立ってしまった。手順を無視した私に看護師さんは少し慌てていたが、一回で立てた私を見て「すごいですね。よかったですね」と言ってくれた。
私はすぐに歩行器と点滴のスタンドとともにトイレに向かった。同室に新しくヘルニアで入院してきた若者は歩行器に上半身をもたれかけるように前かがみで歩いていたので、私もとりあえずそうしてへっぴり腰ぎみに歩いてみた。(私はこのときまで歩行器を使ったことがなかったのだ。)すると看護師さんが「背筋をまっすぐにしたほうがいいですよ。」と言うので、そうしてみた。不安定さはあるものの殆ど違和感なく歩くことができた。それを見た看護師さんに「歩行器いらないみたいですね。」とさらに驚かれるのだった。看護師さんに歩行器ごと入れるトイレに案内された。病院のトイレは私にとって初めてだった。看護師さんは私をトイレに案内すると、「じゃ何かあったらナースコールしてくださいね。」と言ってそこからそこから出て行った。

このときがはっきり言って一番嬉しかった。自分ひとりで用を足せる喜び。やはり人間は排泄を覗かれないで自分で始末することが本能だとつくづく思うのだった。
後でネットで見たのだが、やっと歩けると思って喜んでトイレに言ったら、腰が曲がらず自分でお尻が拭けずナースコールした話が載っていたが、私はぎりぎり拭くことが出来た。しかし無理に手を伸ばしたため、肩の筋肉がつってしまいかなり危ういところだったのだが。

無事にトイレを後にした満足感は今でも忘れない。「これで心配はなくなった。」と思いながら部屋に帰るのだった。

その直後は腰につける装具の説明を見るために処置室でビデオを見た。これから先私は腰にコルセットを1ヶ月ほどつけることになっていた。ビデオは、かなりズンドウ型の体型の太ったおじさんと一緒だった。はじめに、おじさんは背もたれがないと不安だといって看護師さんに訴えていたが、椅子がすぐには見つからなかった。おじさんは困ったような顔をしている。私の椅子は背もたれがあったので、「私は背もたれがなくても平気ですからこれ使ってください」と椅子を差し出した。するとおじさんはよろよろとやっと立ち上がると、危なっかしい動きで差し出したいすに腰掛けるのだった。
「いや今日歩き始めたばかりなんで、まだだめなんですよ。」と彼は私に言った。
このおじさんは私より前に手術をしていたようだ。「私もさっき立ったばかりです。」と言おうとしたが、「そうですか。」とだけ答えた。このおじさんを見てなぜ私がこれほど早く普通に歩けるようになった理由が分ったような気がした。
まずこのおじさんは太っていて、足が細いのだ。やはり手術前の筋力が体重に対してどれだけあったかが問題だったような気がした。私もやせているわけではないが、毎日自転車で通っていたし、帰り道は全速力で帰っていたため足の力がついていたようだ。それが約2週間の寝たきり生活の後でも歩くための筋力をぎりぎり維持できたということだろう。実際床に落ちたものを拾おうとしてしゃがんだときは、立ち上がるのに苦労した。ぎりぎりの状態だったことはたしかだが、普段から意識して何か運動しているかどうかは、こういうときに非常に大事なことだと悟ったのだった。これから年を取ると意識していてもその効果は小さくなることを肝に銘じなければならないと思った。

立ってみてもう一つ驚いたのは視界の変化だ。部屋に帰るまでの間私の姿を見た看護師さんは「歩けるようになったんですね。良かったですね。」と声をかけてくれていた。「ありがとうございます。」と言いながら心の中で思ったのは、看護師さんて意外と小さいんだなと言うことだった。驚いたことにみんな私より小さいのだ。(私の身長は170cm以上なのであたりまえな話だ。)
良く考えて見ると、入院して初めて立った視線から看護師さんと接したのだった。それまではベッドから見上げる位置でしか接していなかったので、いつのまにかみんな大きく見えていたのだろう。これは正直本当に驚いたというか不思議だった。いつのまにか小さい子供と大人のようになっていたというのが面白かった。(オムツをされたり、我ながらいろいろ子供帰りしたものだと思うのだった。)

※看護師さんが大きく見え、自分が小さく見えるようになるのは私だけではないらしい。ガンで長期寝たきりになった医師の話を最近ラジオで聞いたが、その人も同じようなことを言っていた。だから看護師さんは余計に患者に対する気遣いが必要だと訴えていた。

とにかくこの日を境に私は自由に身になれたことに本当にホッとしたのだった。
そしてこれでやっと快適な入院生活が送れると嬉しい気持ちになるのだった。

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(2004.1.26)