あぁ椎間板ヘルニア その15 〜手術の翌日〜

次の朝がやってきた。もうかなり回復しており点滴を続けているためか口の中の乾きは無くなっていた。また今まで辛かった体勢がそれ程つらくなくなっていることに気づいた。寝たきりなので筋肉痛は残っていたが、これまでのようなあの実態のない独特の神経痛はなくなっていることに気づいた。0になっていたわけではないし、寝たきりの体は痛いままだし、管が入っているので最高の気分とまではいかなかったが、かなり晴れた気持ちになった。

もう朝には本も読めるくらいに回復していた。しばらくすると看護師さんが現れて、調子はどうですかと尋ねた。いつものように足の痛さや鈍さを申告した。私は毎日、痛さや感覚の鈍さを10段階で申告していた。安静にした状態での痛みを申告するのだが、感覚の鈍さはのこるものの、痛みはまったく感じないような状態になっていた。体を横にしても傷は痛いが、かつてのようなしびれるような熱いようなあの不快な神経痛は起きなくなっていた。まさに徐々によくなるというものではなく不連続な回復ぶりである。もし私が寝たきりでなく、筋肉が弱っていなかったら、直ぐにでも立ち上がれるような状態だった。(アメリカではこの段階で家に帰れる場合もあるようだ。)

看護師さんは「劇的に良くなりましたね。良かったですね。」と私に言った。私も「ありがとうございます。」とこたえた。
「顔の表情の変わりましたよ。」
「でもこの管が気持ち悪いんですよね。」と無駄と思いながらも訴えた。(病院ではある程度の我慢も必要だが、必要のない我慢をすることはないというのも事実である。)
「でも普通は明日の朝まではつけてもらってるんですよ。」
「そうですか。仕方ないですね。」と私はやっぱりねという感じで答えた。
しかしそれに対して看護師さんから帰ってきた言葉は意外だった。
「そうだ、○○さんって前から寝たまましてたから平気だったね。」
私は「別に何か特別な技術が必要なわけではないですよね。今までどおりでいいんですよね。」と確認した。
どうもたまに寝たまま出来ない人がいるので、基本的に立ち上がれるまで、管を入れることにしているとのことだった。
「今までどおりですよ。じゃあ抜いちゃいますか。でもこれで出来ないなんていったらまた刺すからね。」
「分りましたお願いします。」

看護師さんは管を抜く準備にかかった。どうも看護師さんはこの「刺すからね」というのを脅し文句にしている節があるのだが、気のせいだろうか。

抜かれる瞬間は3秒ほどだがかなり痛かった。でも3秒くらいなので何とかなった。刺されたときが麻酔中で本当に良かったとつくづく思ったのだった。これで人生初めての違和感から開放されてやっとすがすがしい気分になれたのだった。抜かれるときは横になりかなり恥ずかしい状況なのだが、もう頻繁に裸にされたりオムツにされたりしていたので、この時点では殆ど慣れてしまっていた。まだ立てないのだが、何もついていない状態でベッドに横になれるだけでも嬉しいのだった。

しばらくするとレントゲンを取るということで看護師さんが迎えにきた。私はベッドごとレントゲン室に運ばれた。レントゲンはベッドに寝たままフイルムの入った板を腰の下に引いたり、体を横にしたりして取るのだった。二人の看護師さんが私についてきた。そして看護師さんが私の体の向きを変えてくれたりするのだった。体の向きを変えるときは、
「はいゆっくり深呼吸して、はいがんばってください。はーいゆっくりと深呼吸してください。」といいながら、二人の看護師さんが下に引いているバスタオルを持ち上げて体の向きを変えるのだった。しかしこのとき、体の向きを変えるだけなのに深呼吸しろとか大げさだなと思った。
レントゲンは何の問題も無く終り、私のリクエストで仰向けのままレントゲン室を後にした。
レントゲンが終わって看護師さんに聞くと、普通の患者さんは手術直後なのでかなり痛がるのだそうだ。だからレントゲンを取るのも普通は苦労するらしい。レントゲンが終わると私は、仰向けの体制をリクエストして、レントゲン室を後にした。
「○○さんって、レントゲンも余裕だし、手術直後に仰向けに寝れるからすごいよね。」と一人の看護師さんがもう一人の看護師さんに話かけた。普通は出来ないとのことだった。

痛いのは確かだが、私がこれまで味わっていた痛みに比べれば本当に何てことない痛みだった。よっぽど私の脳は痛みに強くなったのだろう。この様子を見た看護師さんはさらに嬉しいことを言ってくれた。
「このまま病室に戻っちゃおうか。管も取れたし、もう問題なさそうだから。テレビも見れるしそっちの方がいいでしょう。」
でもまだ飲みものだけにして、食べちゃだめですよと念を押されて病室に戻された。

ということで私の手術に関連する苦痛というか特別な状況はたった15時間程で終わってしまったのだ。手術前は寝たままだったが、その時の苦労が少しでも報われた形になった。結局テレビカードの行方がわからなかったので妻がくる15時までテレビを見ることは出来なかったが、とにかく一段落という感じだった。

15時頃妻がやってきた。私の顔をみる前に、妻は廊下で同じ病室のCさんから「旦那さん顔つきが変わったよ。良かったですね。」と声をかけられていた。妻にもいろいろ心配かけたが、とりあえず安心させることが出来て私も嬉しかった。まだ普通のご飯が食べられない状況だったが、久しぶりに体の力が抜けて、普通の声としゃべり方で会話できたような気がした。

 →その16を読む

(2004.1.19)