あぁ椎間板ヘルニア その14 〜手術〜

<私が受けた手術について>
話は前後するが私は医師からMRIの検査の翌日、妻と一緒に説明を受けた。20時頃からの予定だったが、いろいろあったようで結局説明が始まったのは21時半を過ぎていた。病院ではもう消灯時間であったが、看護師さんが呼びに来て、というかベッドごと私は主治医の所に運ばれた。

前にも書いたが担当の先生は私と同世代で、しかも医師になった私の中学時代の友達を知っていると言うことで、親近感もあり話しやすいだった。先生は写真やMRIの画像を使って、病状や手術の方法、考えられるリスクについて一通りの説明を終えた。始める時間が遅くなって申し訳ないから、何でも疑問があったら聞いてくださいといわれた。これまで手術の技術的な失敗事例は無いなど、話の内容が全く楽観的なものだったので、私は調子に乗ってMRIの画像や、直接病気に関係の無いことまでいろいろ訊いてしまった。結局気が付くと1時間半も会話していて時間は11時を過ぎていた。最後にこんなに遅くまですいませんというと、このくらいはまだいつも居ますよと答えるのだった。われわれの世代はどこも大変なようだ。

手術の話に戻ると、ちょっと前まではヘルニア治療で一般的に行われる手術はラブ法と呼ばれる方法が一般的だった。ラブ法では背中を5〜6cm開いて、肉眼でヘルニアを切除する方法である。一方1996年(1995年と言う話もある。)にアメリカで開発された技術がMED法だ。私はこのMED法で手術を受けた。MED法では直接背中を開くのではなく内視鏡下で行う手術方法である。基本的にテレビモニタを見ながら手術をするようだ。傷口は2cm以下(16mmの管がとおればOK)であるため、出血も少なく、筋肉の損傷などが少なく、傷も早く直るため、従来の方法に比べ術後の回復が非常に早いことが特徴である。当然入院期間も短くなり、入院費用も安く済むのが特徴だ。まだどこの病院でもできるという状況ではないようなので、ヘルニアの手術を検討されている場合は、どの病院で手術が可能か調べることをお勧めする。

<手術後の状況>
手術前の説明では、麻酔から初めて覚める時は人口呼吸器がついている状態なので驚かないようにしてくださいと言われていたが、私が気がついたのはナースステーション脇の集中治療室に戻ってきてからだった。
名前を呼ばれたような気がしたので目を開けると、私の妻と妹が覗き込んでいた。
「手術うまくいったって。」「ヘルニアは結構大きかったって。」
二人には来てくれてありがとうということも言ったような気もするが、意識レベルはまだかなり低かったのでこれくらいしか覚えていない。

次に気づいたとき、担当の先生があらわれた。「○○さんお疲れ様でした。」「手術うまくいきましたよ。」「ありがとうございました。」「神経にもお礼を言われたみたいでした。」私は一瞬何を言われているか分らなかったのだが、どうもヘルニアが神経をかなり圧迫していたらしく、ヘルニアを取り除いた後神経が元の位置に戻るときに、神経が嬉しそうだったというのだ。
一瞬この人もしかして神経オタクかなと思ったが、それにもまして自分の神経にも愛着が湧いた会話だった。しかしこの時も一時的に目が覚めただけでまたすぐに寝てしまったのだった。

次に気づいたのは看護師さんが来たときだった。時間はわからないが手術後なので頻繁に看護師さんがあらわれるのだ。
このときになって初めて自分の体にいろいろなものがついているのが分った。最も嫌だったのは尿の管が刺さっていることだった。以前体験した手術では下半身麻酔で比較的簡単な手術だったため管をささずに済んだため今回が初体験だった。定期的に体の向きを変えるのだが、そのたびに管が当たって痛いのだ。さらにいつもトイレに行きたいようなかなり違和感のあるのも問題だった。動くと結構痛いので、どうにもならないだろうと思いながらもそれを訴えたら、管をももにテープで固定してくれた。これで何とか耐えられるレベルになった。
足には血圧測定の時に腕を締め付けるようなものがつけられており、定期的にしまったり、緩んだりしていた。これが悪い方の足についていて結構痛かったので訴えたら別の足につけ変えてくれた。何のためにしているかとたずねると、血液の循環をよくするためのものということだった。足にミニ心臓をつけているような効果を狙ったものだろう。手術直後の体は酸素が必要なのだそうだ。
確かに口には酸素マスクがつけられていた。酸素マスクもゴムがきついと訴えると、ゴムではなくテープで固定してくれた。
全身麻酔の時に挿入されていたであろう人口呼吸器のためか喉が痛くて、口の中が乾いて大変だったが、ぬらしたガーゼを用意してもらって、それをしゃぶって何とかしのぐことができた。
こうして思い返すとかなりわがままな患者だったかもしれない。看護師さんには本当に感謝である。酸素を吸っているのになぜか突然息苦しくなり、気分が悪くなりかけたときがあったが、何とか夜を過ごすことができた。

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(2004.1.19)