あぁ椎間板ヘルニア その13 〜手術開始まで〜

手術当日は何も食べず、何も飲めない。ひたすら点滴を続けて受けるだけだった。昼ご飯は何かめん類のようだった。私は手術の何がつらいかというと、食べられない飲めないということだ。以前も手術した時に手術の夜は、朦朧とする意識の中で食べ物の夢ばかり見ていた。今回も手術の翌日の夜は昼ご飯を探してさまよう夢を見た。誰かと一緒にご飯を食べる夢だが、店が決まったかと思うと相手がいなくなり、探すため食べる直前に店を出てしまう夢だった。食べたいという欲求が夢に現れたのだろう。
さて手術前の話に戻ろう。私は手術の正確な開始時間を教えて貰えなかった。前の人は比較的複雑な手術らしく、時間が読めないということで、前の人が終ったら私の番というアバウトなものだった。飲食できないので待ち時間が長かったが、それ程緊張することも無かった。逆に、手術そのものは麻酔が効いているから不安は無かったが、最大の心配事はベッドからストレッチャーに移れるかということだった。私の脳裏にMRI検査時の激痛がよぎるのだった。
同室のBさんとCさんが、「いよいよ手術だね。手術するとうそみたいに楽になるよ。」「そうですかそれは楽しみですね。」「心配することないよ。」「手術は余り心配してないんですが、ベットからストレッチャーに移れるか一番心配なんですよね。」「また悲鳴あげなきゃなんないな。」「それだけは避けたいですね。」

妻が3時頃来て、いろいろ話をしながら待った。水戸黄門を3時55分から見始め、午後4時頃看護師さんが、ストレッチャーを押して呼びにきた。私にとっては緊張の一瞬だった。私なりにどうすれば楽に移れるか考えていた。私の計画は以下のとおりだ。
0.ベッドの横に3cmほど低くしたストレッチャーを横付けにする。
1.まずベッド上で仰向けのままベットのぎりぎり端まで移動する。
2.ストレッチャーに背を向けて体を横向きにする。
3.痛くても我慢してベッドのぎりぎり端まで移動する。
4.少し低くなったストレッチャーに仰向けになるように体を反転する。
まず看護師さんにストレッチャーをベッドより3cm位低くして欲しいとお願いした。「ごめんね。このストレッチャーこれ以上低くならないのよ。」いきなり私の計画の前提は崩れり、ちょっと動揺したが何とか計画どおり移動することに成功した。

私はナースステーション隣の処置室に運ばれた。まず素っ裸にされた後、頭には薄い紙でできたキャップをかぶせられた。そして点滴、筋肉注射と続く。

筋肉注射は手術前に麻酔の効きをよくするためのものと説明されたが、これが痛いと評判のものだ。
普通の人は筋肉注射をする機会は少ないが、私は毎日1〜2回受けていたので、確かに薬の量が多いのかいつもより若干痛いような気もしたが、今まで耐えてきている私にとってはたいしたことは無かった。

私は手術前後に必要になるバスタオルやT字帯などのアイテムとともに、処置室を後にしていよいよ手術室に向かった。エレベータで降りて、長い廊下を進むと途中で私は病棟の看護師さんから、手術専門のスタッフに引き継がれた。これまでの処置内容や、当日の体温・血圧などの基礎データがそこで受け渡された。

そして看護師さんが去っていくと、そこにいたスタッフの人が私に「じゃ○○さんよろしくお願いします。」と挨拶した。
私の感想はみんなとても若いのでおどろいた。みんな20代半ばという感じだ。まさかこいつらが手術するんじゃと一瞬不安になったが手術室はさらにその場所から奥に入ったところだった。


手術室についた。おなじみの照明が見えた。先ほど私に挨拶した若者が、麻酔医と思われる人に再び私の状況を報告するのだった。私はまだ手術台の脇に仰向けで寝たままだ。長い報告を聞き終わった医師は「はい了解しました。」と答えた。麻酔医は私の頭に立っていたので顔は見えなかった。
その間私は心電図の電極などがつけられ、顔にはマスクがつけられた。

麻酔医は
「じゃ○○さん。これから点滴から麻酔入れますね。」
私は手術前の担当医師から、麻酔ガスで麻酔をかけますといわれていた。何だ違うんだと思っていると、点滴の管に冷たいものが流れるのを感じた。「じゃあ大きく、ゆっくり深呼吸してください。」
2回ぐらい深呼吸した後、「何だ何もおきないな。」と思ったのが記憶のある最後の瞬間だ。麻酔にかかった瞬間はまったく記憶にない。だんだん意識がなくなるというのではなく一瞬に意識が無くなったというか、その瞬間もまったく分らなかった。確かに麻酔がガスだけだとすると、途中どもれて手術のスタッフ全員が麻酔にかかるなんて事も置きかねない。多分ガスと点滴が同時に作用して麻酔がかかるのだろう。今度調べて見たい。

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(2004.1.15)