あぁ椎間板ヘルニア その12 〜寝たきり生活(2)排泄〜

<排泄>
食べれば当然排泄しなければならない。排泄の仕方も手術前のビデオで説明があった。しかしその時点の私にとって、すべて経験済みだった。(これについても入院直後に説明して欲しかったが、まあ仕方ない。)
入院して数時間後尿意をもよおした。この時点で私はまだ車椅子か何かを使えばトイレにいけると考えていた。朝からの様子を考えれば無理に決まっているのが、私は予行演習のためベッドの脇で立ってみることにした。もし立てたら車椅子をお願いしようと考えたのだ。しかし私は立つどころか、上半身を起こすことすら出来なかった。とにかく体を少しでも起こすと、臀部を中心に絶対に耐えられない激痛が走るのだった。私は取りあえずトイレにいくことはあきらめ、尿器を持ってきてもらうことを看護師さんにお願いした。

寝ながら排尿するのはかなりの慣れが必要だ。私は以前膝のケガで入院したときに寝たままするのは経験済みだったので、苦労しながらも何とかなった。コツとしてはかなり溜まるまで待つことである。立ってするときみたいに腹圧がかからないため、かなり膀胱が膨れないと出てこないのだ。初めてだとあせるかもしれないが、ある程度待つことも必要である。しかし大概看護師さんは出なきゃ管刺しますよと脅すので、さらに焦ってしまうのだ。確かに寝ながらするのは、普通は幼い時のおねしょの記憶が最後というのが普通だろう。トイレで小便をする夢を見て、あせって目覚めても、大人になってからは実際に布団の中でしてしまったということは普通は無い。私の考えでは、本能的に寝た状態では小便は出にくい人体の構造になっていて、寝場所をやたらに汚さないようになっているように思う。だから大人が横になったまま自分の意志で、小便をするのは本能を超えなければならず、それだけ大変なのだと思う。慣れると簡単だが。皆さんも一度練習しておくと良いかも知れない。一度でも成功すると、自信がつきいざと言うときも慌てずにすむことだろう。

さて寝たまま小の方をするのは経験もあり難なくクリアーできたのであるが、この時は私の頭の中には大の方はどうしようという漠然とした不安が広がった。しかし直ぐに、そのうち痛みもなくなるさという楽観的な考えが支配するのだった。
しかしXデーは入院3日目にやってきた。看護師さんにいつもの状況説明をするときだった。「○○さんお通じはありましたか。」
「いいえありません。」
「出そうな感じですか。」
「少し。」
じゃ便器持ってきますね。
「お願いします。」
私は入院前にも5日ほどお通じは無かったので、最後にしてから7日目だった。神経が麻痺していたわけではないが、力むと腰が痛いので自然とその行為を避けていたのかもしれない。さすがに自分でもそろそろ限界かなと思っていた。
しばらくすると、看護師さんがステンレス製の便器を持って現れた。便器は平べったい形をしており、腰の下にそれを敷いてするという原理のものだ。一度体を横にして便器をあてがい再び仰向けなるよう指示された。この時私は横向きにはなれるのだったがどうしても上向きにはなれなかった。
「ちょっとこの体勢無理です。」と私は看護師さんに訴えた。
すると「じゃあオムツにしますか。」
私は別の形の便器とか別の方法を期待したのだが、予想に反して提示されたのはオムツだったのだ。ちょっと前までオムツといえば赤ちゃんがするものとしか思っていなかった。そう思うのもつかの間私は看護師さんに手際よくあっという間にオムツをされてしまった。

正直自分もここまで来たかと思うのだった。どんな重病でも排泄だけは自分でしようとするのが人であろう。私は最後の一線も超えたようだ。私はテレビでやっている、膨大な水(尿)を吸収するオムツのコマーシャルを思い出し、何とかなるでしょうと自分自身に言いきかせた。頭で分っていてもオムツをされた状態でしろといわれてもなかなか出来るものではない。これも私の考えでは、大人の人間は本能的に住処を汚さないため寝た状態では出来ないようになっていると思うのだ。ましてやオムツにするのはもっと難しい。私は半日ほどオムツをしていたが、結局私は出来なかった。(長くしていればできるというものではないのだが。)私はナースコールをした。
「やっぱり出ないですね。」

結局この日は、上半身にあたるベッドの上がわに毛布を重ねてひき、腰が浮くような体勢をとり、そこに便器があたるようにして再度ステンレス製の便器をあてがった。今度は上半身でも体重が支えられるため、今度はうまく体勢をとることができた。しかし腰が痛いこともあり、結局浣腸してもらいやっと出すことが出来た。

その後看護師さんに、オムツでするのって勇気いりますよねと話したら、「普段ならそうですよね。」とはいうものの、
「でも若い人でも痛い人はオムツでしますよ。痛さには耐えられませんから。」
「でももれたりしないですか?なんかコツなんかありますか。」
「オムツの方が漏れという点では便器より安全ですよ。コツは別にないですよ。普通にすればいいんですよ。」
私はこの質問をした瞬間、馬鹿な質問をしたものだと反省した。看護師さんがオムツでの排泄を数多くみていても本人がしているとは思えないからだ。

次の排便は手術前の浣腸だった。前の排便から5日目だが、寝たきりだと重力がかからないため、便も下に下りてこないのだった。手術前の夜の9時に看護師さんが現れた。「前はどうやってやりました。」「便器ですけど、多分今は無理です。」このときは以前より状態は悪く、横にもなれず便器を当てるのことは出来なくなっていた。私は、便器での排便をあきらめざるを得なかった。
「じゃあオムツですね。」
「そうですね。」と私はしぶしぶ答えた。ついにこの時が来たかという感じである。看護師さんはオムツをとりにいったん出て行った。

病室でするのは、恥ずかしさもつらさもあるが、他の人たちへの迷惑になることが一番気がかりだ。トイレでしても臭いのに、カーテン一枚の向こうでされては普通はたまったものではない。それでもBさんやCさんは、その日私が浣腸することを知っていたので、私に「ぜんぜん気にしないでやってください。お互い様だから。」と私に告げた。

これを聞いて私は少し安心した。しばらくすると看護師さんがオムツをもって現れた。するとCさんは、事が済むまで別の部屋に行くといって出て行こうとしているところだったが、出る直前に私に「隣の病室まで聞こえるくらいドバーと思いっきりやってください。」と言って出て行った。私はそれに対して笑いながら「そうします。」と答えた。
このとき看護師さんはオムツを取り付けているところだったが、看護師さんの表情がまったく無表情だったのが印象的だった。
ここの看護師さんはいつも明るかった。私は以前別の病院に入院していたが、前の病院では特に早朝など機嫌が悪くなる看護師さんも少なくなかった。それに比べここの看護師さんは、徹夜した後でもいつも明るいのには驚かされた。しかし患者が恥ずかしがるような事をするときは、無表情でやるというように訓練されているのだろう。プロだと思った。確かに患者はかなり恥ずかしいので、無機質的な表情になっていてもらったほうがありがたかった。

さてオムツでの排泄は無事に終わった。排泄中の詳しい描写は避けたいと思うが、温かく、30年以上前の記憶を呼び戻すものだった。私は排泄が終わって指示されたとおりナースコールをした。するとナースコールの返事は意外にも「もう少し待っててくださいね。」だった。結局私は15分ほど待たされた。この15分はかなり長かった。私は最近のオムツは高分子ポリマー入りだからある程度時間をかけたほうが処理しやすいのかなとか考えていた。私は両膝を立てた状態で看護師さんを待った。私にとってこの体勢は決して楽ではなく足が痛くてどうしようもなくなってきた。漏れることは無いという看護師さんの言葉を疑うわけではないが、どうしても足を伸ばすことはできなかった。もう限界と思うころやっと看護師さんがやってきた。もうちょっと良く拭いて欲しかったような気もしたが、取りあえずベットでの排泄は無事完了した。

このことで私は、汚れたオムツをしつづけるつらさを体験することができた。最近読んだ本の中で、子供や老人が虐待されている場合、オムツの交換の間隔が長く、最悪の場合虫が湧く場合もあることを知った。虫(蛆虫)の成長度合いでどれほど放置されていたか(虐待されていたか)分るのだそうだ。私は15分でもかなりつらかったが、何日も虫が湧くまでとはとんでもない話だ。今の私にはその話を切実に感じることができるのだった。(上の話が載っている本は、最近感動したものの一つだが、機会があったら別途紹介したい。)

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(2004.1.15)