あぁ椎間板ヘルニア その10 〜痛みを伝えるのは難しい〜

痛みというのは主観的なものであって、客観的に計ることは難しい。前に示した痛みのレベルもそれはあくまでも私の基準である。だから積極的にアピールしないと相手に自分がどんなに痛いか通じないのである。入院直後はものすごく痛いので、この痛みをまず何とかして欲しいと訴えた。しかしあるベテラン看護師さんは私が訴えても以下のように答えるのだった。「○○さんの顔見ていると、基本的に笑っているから、それ程痛くないんじゃないの。」「いや笑ってなんかいないですよ。笑ってるように見えますか?」
「見えますよ。」「絶対わらってません。これは苦しみに耐えている顔ですよ。」看護師さんはそれでも笑いながら「そうなの。ふーん。」どうも納得していない様子だった。

こんなに痛いのに冗談じゃないと思った。
しかし私は数年前に入院したときのことを思い出した。当時膝の靭帯を断裂した私はある病院を訪ねた。膝はすでにかなりはれており、直ぐに血を抜く処置が行われた。私はこの時一度別の病院で治療を受けていたが、それでも我慢できずにその病院を訪ねたのだ。治療した医師からはこれだけ血を溜めるとかなり痛かったでしょうと言われた。そして入院の必要があるという事で、後日入院したのだった。そして入院初日に、担当の先生が私を婦長さんに紹介するときの言葉に衝撃を受けた。「この人ですよ、膝に60ccも血をためてニコニコして治療を受けたのは。こないだ話したじゃないですか。」すると婦長さんは「ああその人ですか。」と対応するのだった。まあそのときは、ニコニコしていたことを否定はしなかったが、俺は他の人から見るとそう見えるのかとびっくりした覚えがある。

そういえばあるときも客先のエレベータでいっしょに乗り合わせた人に、「人の顔見て笑うんじゃねえ」と突然怒鳴られたことがあった。私は誤解を解くためその人を追いかけたが、途中で見失いというハプニングも会った。この話は前の会社の話だが、今でも久しぶりに当時の友人に会うと、面白い話題としてでてくるものだ。

そして今回も。入院して激痛に耐えているのに笑っていると言われるとは自分自身ではまったく理解できないことだった。
私は妻に持ってきてもらった鏡で自分の顔を眺めて、何が問題なのかを確かめた。自分の分析によると口元がよくないと思った。もっと上下の唇をゆがませると痛そうにみえた。妻に見せると「いいねー。」と褒められた。
(後日本で読んだのだが、案外自分の表情は、自分の意識と違っている場合普通らしい。たとえば看護師さんは患者に不安を与えないために、患者に接する表情を鏡を見ながらチェックしながら訓練するとのことだ。)(チャビー注:図書館の看護関連の本棚で見かけた本なので書名は不明、書名は今度行った時確認して来るとの事です。)

その後看護師さんに痛さを訴えるときは、唇をできるだけゆがませることにしたのだった。

私を笑っていると言った看護師さんは、MRI検査の時に私を運んだ人で、私が悲鳴をあげる原因を作った人だ。私の悲鳴を聞いて彼女は反省したらしく、しばらくして「じゃあの時は本当に痛かったんですね。ごめんなさいね。」と謝られた。

ニコニコしているように見られるのは、日常生活では有利な場合もあるが、ケガや病気の時は問題ありと悟ったのだった。

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(2004.1.15)