あぁ椎間板ヘルニア その9 〜痛かったMRI検査〜

入院してからも痛みに耐えて寝ているだけだったが、4日目にMRI検査を行うことになった。24日の検査が前倒しになったのだ。MRI検査は体に強い磁気をかけて、共鳴した水素原子の信号を画像化する機械で、体の内部を3次元的に知る事ができる。ヘルニアは通常のレントゲンでは写らないので、MRI検査によりどこにどの程度のヘルニアが出ているかを知ることができるという、重要な検査である。しかしこの検査には問題がある。30分程度上向きでじっとしていなければならないということだ。

先生に「○○さん月曜検査予約しておいたけど30分くらい大丈夫だよね。」「多分何とかなると思います。」「じゃあ検査の前に念のため痛み止めの注射すればいいね。」「そうですね。お願いします。」
私はこの時点で仰向けに寝ていれば痛みは何とかなるレベルになっていたので、それ程不安には思っていなかった。

しかし当日になってその予想はまったく覆された。私は痛み止めの注射をしてもらってベットで待っていると、ストレッチャーを押して看護師さんが入ってきた。「じゃあ○○さんMRI行きますから、ベットからストレッチャーに移ってください。」「分りました。」
私もかなり移れるか不安だったが、自分でもどの程度の痛みになるか予想ができなかった。

ストレッチャーはベッドに横付けにされた。私は仰向けのまま何とか上半身はストレッチャーの上に載せることができた。しかし下半身はどうしても持ち上がらなかった。看護師さんはいつものように「はいがんばってー。」と声をかける。「私はちょっと待ってください。」と言って何とか自力で体を移そうと努力した。しかしどうしてもできない。看護師さんは痺れを切らしたのか、最終的には私の腰を持ち上げて、私を無理やりストレッチャーに移そうとした。その瞬間である。私の腰というかお尻にレベル5の激痛が走ったのは。私はそのときは、「痛いー。」と叫んだ。周りに人がいようがそんなことは考えられないレベルである。その痛みは突然やってきてまさに拳銃で撃たれたような痛みだった。その時いた妻の話によると、Cさんの付き添いの奥さんでさえその痛がりようにびっくりしていたとのことだった。

それでも看護師さんは痛がる患者に慣れているのか、まだ私の体がストレッチャーに正しく載っていないため「あと5センチ。がんばって。」と容赦なく追い討ちを掛ける。私は一瞬気絶しそうになりながらも何とか5センチを移動した。私が運ばれていく途中で、看護師さんは「あんなに痛がるなんて分らなかったのよ。許してね。」と謝るのだった。しかしそのとき私はまだ激痛が続いており首を立てに振るしかできない状況だった。

MRIの検査室は1階にある。私はベットのある3階からエレベータで運ばれた。運ばれていく途中もめちゃくちゃ痛かった。私は「さっきやった注射、これじゃ意味無いじゃん」と心の中で叫ぶのだった。私は本当に30分耐えられるか心配になってきた。検査室の前には、係の男性が待っていた。看護師さんは私をその人に引き継ぐと「じゃあとお願いします」と言って帰っていった。看護師さんは忙しいから仕方ないなと思いながらも、ちょっと冷たいなと思わざるをえなかった。

私と係の男性2人だけになった。そして係の男性は私に衝撃的な事実を伝えた。今度は検査用の台にストレッチャーから自分で移動しろというのだ。検査用の台はストレッチャーの横につけられ30cmほど体を横にすればよいのだから普通は簡単だが、私にとっては恐ろしく遠い距離だった。やはり親切心からか係の男性は私の体に触ろうとするのだった。しかしもうあの激痛は味わいたくないので「ちょっと待ってください。自分でやらせてください。」と訴えた。その言葉に対して男性は「分りました。どうぞ。」と言って手を引っ込めた。しかし30cmの距離をもぞもぞと少しずつ移動する私を見て、少しいらいらしているように見えた。(気のせいかも知れないが。)何とか時間がかかりながらも私は、自力で移動することに成功した。

「ふーっ。」を力が抜けたのもつかの間、私は検査台ごとMRIの筒の前に運ばれた。ご存知の方も多いと思うが、MRIはちくわ状の筒で、患者は火葬場の釜に入れられるような形で検査を受けるのだ。そしてMRI検査は動いてはいけない。動くと映像がぶれるためやり直しになる。私の下半身はベルトで固定された。この時点で痛みはレベル3程度だった。ネット上には途中にリタイアした人の話も出ていたが私も人事ではなかった。検査自体は筒の中で寝ているだけでよい検査なので普通の人には何ら問題ない検査だが、動いたらやり直しなので精神的なプレッシャーが非常に大きかった。

それにしてもストレッチャーに移るのがあんなに大変なんだったら早めにいってくれよと思ったが、病院のスタッフは自分で痛みの経験が無いんだから無理かなと思った。何とか私は実際には正味20分程度の検査を体を硬くして、汗だくになりながらも、なんとか耐えることができた。係の男性の「はいおつかれさん。」という言葉を聞き機械の外に出たときは本当に、気のせいか視界がパーと明るくなり、本当に体の力が抜けたことを覚えている。

しかしそれで終わったわけではない。まだ仕事が残っているのだった。病室に帰るためにまた検査用のベットからストレッチャーに移らなければならないのだ。さすがにこの時点では痛くない方法を学習済みで、今度は検査台上であらかじめ横向きになり、そのままストレッチャーに倒れこむ作戦を取った。本当はうつ伏せは背骨に負担がかかるのでよくないのだが、もうこれで勘弁してくださいとお願いしてその姿勢で了承された。するとすぐに看護師さんが迎えにきてくれて再び病室へ運ばれるのだった。

私は戦いの場をもう一度見ておきたかったので、頭を上げて遠ざかる検査室を眺めた。しかし衝撃的な光景が目に入った。私の次のMRIの患者は老人だったのだが、看護師さんが4人もついていたのだ。しかもベットに移るときにはバスタオルの上に老人をのせてみんなで寝かせたまま大事そうに移動しているのだった。
私は、「何で俺だけそうなの。」と思わずにはいられなかった。(重病の若い人がシルバーシートに座ることを拒否されたような感じである。)

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(2004.1.13)