(注)念のため、話の本筋はそのままで本物のA氏とは一部事実を変えて書いている事をお断りしておきます。
整形外科の手術の決断は一般的に難しい。
なぜならガンやケガによる緊急手術と違い、すぐに命にかかわるわけではないからだ。だから命の次に大事ないろいろなことを考えてしまう。手術を行わない場合、何もしないで直る場合も無くはないだいだろうが、通常は何らかの障害や不便さが残る。その残るであろう障害と手術のリスク(失敗時の障害・入院などの時間の問題・入院費等の金銭的な問題・仕事のこと・単純に体にメスを入れたくない気持ち)との間で手術を受けるかどうかで迷うのである。
私は以前、スキーで膝の靭帯断裂で手術を受けたが、そのときも手術をしない選択肢もあるとの説明を医師から受けた。しかし残りの人生で激しいスポーツができないという障害は大きいと判断し、手術に踏み切ったのである。幸いに現在は手術を受けた足がどちらだったのかを考えてしまうくらいに回復している。
とにかく整形外科の手術の場合、最終的に手術するかどうかは、そのままにして本人が困るか困らないかで判断すべき問題なのである。だから回りが手術を勧めるものではない。
私が入院していた病室にも頚椎のヘルニアで手術を控えたA氏が入院していた。私は完全寝たきりで痛みも強かったためあまり会話はできなかったが、入院直後の私にお菓子をくれたりしたいいおじさんだった。私の病室は4人部屋で他に、腰の手術を終えてリハビリ中のB氏、また首の手術を終えて同じくリハビリ中のC氏がいた。C氏は首を固定するため剣道の防具のような装具を、胸から上に装着しておりパッと見かなり重傷の人の用に見える。(実際には術後の経過もよく、退院間近であった。)
私以外の3人は互いに新聞や雑誌を互いに回し読みするなど入院してそれなりの時間がたっていたので仲が良かった。
私が入院して3日目くらいに、A氏は担当の医師に呼ばれた。
戻ってきたA氏はB氏とC氏に対して「手術明日だって。」と話の内容を報告した。
B氏、C氏はそれに対して、以下のように答えた。
「急な話だけど。良かったですね。早くできて。」
「早く楽になったほうがいいよ。みんな手術して元気に退院してるんだから。」
しかしA氏から返事は無かった。気のせいか元気が無く、落ち着かない様子にも見えた。
A氏は頚椎の椎間板ヘルニアらしい。1週間程前に外仕事(農作業か土木作業)の途中で、首と腕が痛くて、やっと病院にたどり着いたらしい。また痛みとは別に腕が肩より高く上がらなくなっていた。力仕事で生計を立てているA氏にとって、痛みもさることながら、肩より高い場所の作業ができないのは致命的ということだった。痛みだけではなく肩が上がらないということは神経のマヒがすでにおきているということであり、早急に手術を行う方向で治療が進んでいたらしい。
明日手術ということなので、急遽夕方家族も呼ばれて、A氏の妻と娘が病室に現れた。娘はかなり気の強そうな人だった。すでに嫁いでいるようだったが、家族を仕切っているという雰囲気は伝わってきた。
「お父さん何も心配ないから手術がんばってね。」
「明日中に手術に必要なものはそろえるからね。」
といってA氏を激励するのだった。
私は「ありがとう。いろいろ世話かけるな。」みたいな言葉を期待したのだったが、出てきた言葉はまったく予想外のものだった。A氏はなぜか、以下のような消極的な事柄を並べるのだった。
「お金幾らかかるんだろう。」
「今手術すると、冬前の作業できなくて困るな。」
「仕事も休むと悪いし。」
「手術止めたほうがいいかな。」
それに対して母娘は
「お金は後で戻ってくるから心配ないよ。」
「外の仕事は私がやるわよ。」
「仕事も社長さんが手術がんばるように仰ってたよ。」
「このままじゃ絶対仕事なんて心配したって出来ないんだから。手術しなさい。」
どうもA氏の家庭は完全に妻と娘が支配しているようだ。不安を訴えるA氏に対して、妻と娘は一方的に自分たちの主張をまくしたてるのだった。またA氏もそれにそむくことなく素直にうなずくだけだった。
それからしばらくしては妻は明日朝から、娘は手術終了予定の夜7時ころくるという話をして6時頃帰っていった。しかしA氏は家族が帰った後も、別途のカーテンを閉めたまま、誰ともしゃべらなくなった。
夜9時になり、A氏が手術前の浣腸をするため外に出た。
B氏とC氏は「Aさん手術かなりいやなんだね。俺に手術失敗して死んだ人いるでしょって訊いてきたもん。」「でも浣腸受けに行ったから覚悟を決めたでしょう。」「そうだね。」みたいな話をしていた。
私は夕方のA氏と家族の会話を聞くつもりは無くても訊いてしまっていたのだが、私にもA氏が本当に納得しているようには聞こえなかった。(動けるなら席をはずすべきとは思ったが、私は動けないのでそこにいるしかなかった。)確かにA氏本人は納得していない。よく周りに手術を勧められて手術をしたら逆に症状は悪化し、誰を恨めばよいのか分からないということは、整形外科の手術ではありがちなパターンである。だから本人の納得は、手術を受ける時の大前提となる。だから私はちょっと心配になったが、私はA氏は自分の体という前に、家族を支えなければならないというつらい決断をしたんだなと、私自分を納得させたのだった。
この日の夜も私は相変わらず痛みでほとんど眠れない夜を過ごしていた。するとA氏が夜中に何度も病室から出て行って、しばらくして戻り、また出て行くということを繰り返しているのに気づいた。A氏は毎日の看護師さんのチェックでおしっこは何回いきましたかという質問にいつも20回と答えていた。B氏もC氏も20回なんて行き過ぎじゃないのと驚いていたので、その回数どおり彼はトイレに行っているのかと思っていた。2時を過ぎても、A氏はずっと病室を出たり入ったりを繰り返しているので、そろそろおかしいと思い出した。
3時頃、再び出て行ったと思うと、A氏は今度は(年取った怖い)看護師さんに連れられて戻ってきた。「Aさん眠れないの。寝ないと手術うまくいかないよ。」A氏はおとなしく「はい」と答えていた。このときも私は「首の手術だから確かに怖いよね。」と思った。
また新しい朝がやってきた。A氏は相変わらず誰とも会話していない。9時ころA氏の奥さんがやってきた。
するとA氏が衝撃的な言葉を切り出した。「俺手術やめる。」
「なに言ってるの。何でやめるのよ。」
A氏は前日に話した、手術すると困る理由をまた繰り返すのだった。
「もう親戚や会社の人に話したし、お見舞いまでもらってるのよ、
そんなこと許される分けないでしょ。娘も仕事休んで、病院にきてくれてるんだから。」
婦長さんが回ってきてA氏の所で「Aさん今日手術ですね」と話かけた。
すると「私やっぱり手術止めます」と訴えた。
「Aさん自身が納得できないんだったら止めても良いんですよ。」
A氏は入院してから肩が少し上がるようになった、だから手術しなくても直る気がすると訴えながら肩を痛みでうなりながら一生懸命あげようとするのだった。
「先生にも相談してみますけど。でもその肩は手術しないと治らない可能性が高いですよ。」
「でも入院してから少しあがるようになったんだよ。」
「でもそれは入院して安静にしているからだと思いますよ。多分帰ればまた元に戻ってしまうでしょう。」
それでもA氏は、何度も腕の調子が良くなってきていることを示すため、腕を上げようとするのだった。そのたびにA氏は痛みのためにうめき声をあげるのだった。
一生懸命痛さにこらえながら腕を上げようとするA氏の姿が痛々しかったのか、婦長さんも手術を決めるのはAさんだから周りの都合は抜きにして良く考えてくださいと言い残していったん病室を出て行った。
体を起こせない私にとって以上の様子は音だけで聞いたものであり、目で見たものではないがA氏の手術に対する恐怖心、切実さは伝わってきた。
結局手術は直前でもキャンセルできるから、とにかく直前まで手術をやるという前提で準備を行うということになった。
その後も手術をさせようとする妻の説得は続いた。
「私は娘を帝王切開で生んだのよ。あの時だって怖かったけどがんばったのよ。だから今度はお父さんががんばるのよ。」
A氏は無言のままだった。
時間は10時を過ぎた。手術は午後である。A氏は首を手術するため髪の毛を一部悌毛する必要があり、病院内の理容院で予約されていたのだった。時間がきたことを悟った妻は「10時だよ早く行きなさい。」
「俺やっぱりやめるよ。」
「もうお父さんそんな赤ちゃんみたいなこと言わないでよ。」
「でも手術しなくても腕上がりそうなんだよ。」
「なに言ってるの、あがるわけ無いでしょう。ほら早くしなさい。もう。」
完全に嫌がる子供を幼稚園に無理やり連れて行くような状況になってきた。しかしA氏はどうしても理容院に行こうとはしなかった。
15分程過ぎると理容院から、予約した患者がこないとナースセンターに連絡がきたらしい。
看護師さんが現れて、理容院に言ってくださいと伝えにきた。A氏は「俺はもう手術しないから。髪も切らなくていいよ。」と看護師さんに伝えた。
もう時間は迫っていたので、看護師さんは取りあえず理容院キャンセルしますねと妻に伝えた。
それを訊いた妻はまだあきらめなかった。普段から使っている電気かみそりで旦那の頭を無理やり切きりはじめたのである。当然A氏はそれを拒否した。それに対して妻は「お父さん、あきらめてよ。手術してよ。これでやめたら親戚や、職場での笑いものだよ。社長さんからもお見舞いもらって、娘だってお父さんが手術するからって言うんで休みもらってるんだから。これで手術しなかったら大変だよ。だから手術するよね。するよね。うんと言って。」
A氏はしぶしぶ小さく「うん。」と答えた。そして電気カミソリが髪の毛を巻き込む音が病室にひびいたのだった。
それまでは良くあるパターンという雰囲気でB氏やC氏も軽い気持ちで成り行きを見守っていたが、ここまでくるとここまでくるとちょっとA氏が気の毒になってきた。
それでも、私はやっとA氏は決心がついて良かったと思った反面、説得の仕方の強引さがちょっと気になった。妻は旦那の首の周りの髪の毛を処理すると洗濯をしに出て行った。
すると看護師さんが手術の準備の点滴をはじめるためにやってきた。
「それじゃAさん点滴はじめますね。」
しかし決心したはずのA氏の言葉は意外だった。
「やっぱり手術止めるから点滴はもういいです。」
また気持ちは振り出しに戻ってしまったようだ。
「でも先生は手術直前まで準備して、やるやらないは最後に決めれば良いと言ってましたよね。だから点滴しましょう。」「もうやめる。だから点滴は必要ないです。」
A氏は毎日の行っている体温測定・血圧測定も拒否した。
「全部だめですか。困りましたね。」
看護師さんは無理に点滴することもできずに、それでも笑顔で病室を出て行くのだった。
しばらくして妻が洗濯から戻ってきた。私は痛みに耐えながらもこれからどうなるのかまじめに心配になった。しばらくすると看護師さんが再び現れて、A氏が点滴を拒否したことを看護師から告げられた。また同時に手術は予定がいっぱいで一度やめると次はかなり先になってしまうということも告げられた。それを聞いた妻はいっそう旦那への攻撃を強めていった。
「お父さん。お願いだから手術して。今やれば正月は退院できるって言われているんだよ。だからお願い。」
しばらく沈黙が続いた後、話は別の方向に流れていった。
「ちょっとお父さん。私だって血圧が高くて薬飲みながらだましだまし何とか仕事してるんだよ。本当は私が入院したいくらいなのに、あんたは勝手に入院してしまって。それでもみんなで協力して手術させてあげようって言ってるのにそれを土壇場で止めるってどういうことよ。」
妻の語気が一層つよくなった。A氏は何も答えない。
「このままじゃ親戚じゅうの笑いものだよ。私だってそんななさけない旦那は要らないよ。もう何もしないからね。私が今まで苦労して弁当を作ったり、食事の準備をしてきたのはなんだったんだろうね。馬鹿らしい。手が痛いなんていったってもう誰も聞かないからね。田んぼの仕事も勝手にやりなさい。できないんだったら売るんだね。売却の手続きも自分でやるんだよ。私は実家に帰るから。」
妻はそののほほんとした顔からは想像も出来ない言葉を一気にまくし立てた。ここまでくると、手術を控え、腰と首の違いはあっても同じたぐいの病気の持ち主として、A氏が気の毒になってきた。相変わらず私の痛みは続いていたが「ちょっとおばさん言い過ぎじゃない。」といいたい気分になってきた。
妻は周りのB氏やC氏に対しても手術すべきというアドバイスをして欲しくて、話を振るのだった。しかしB氏やC氏は自分の体験は話せても、さすがに直接手術したほうがいいよとはいえなかった。手術した人間としては手術が怖いという気持ちとリスクについてはは十分理解できるからだ。
私もたまりかねて、私のベッドに奥さんが近づいてきたときに私から話かけた。「遠くから大変ですね。雪も降って着てるし。」
「そうなんですよ。私は車の運転が出来ないから朝早くから娘に迎えにきてもらってやっときているんですよ。だから雪が積もると大変なんです。だから手術しないなんていうと、娘に申し訳なくてね。だからお父さんがあんな馬鹿を言い始めるなんて許されないんですよ。」と話した。奥さんは私にその次に旦那を説得する言葉を期待して私の目を見ていたが、そのような言葉は当然発することは出来なかった。A氏の事情を理解しているわけでもなく、無責任かもしれないが私は、「手術するしないは本人の判断に任せたほうが良いと思います。親戚とか会社とかも大事だけど、そんなに気にしなくていいんじゃないですか。もうちょっと手術するかどうかを考えたいというのでもそんなに非常識な判断とは言われないと思いますけど。」
妻はうなずいていたが、自分の期待するものと違うと悟ったのか、私の言うことは聞いていないようだった。
結局妻の説得もむなしくA氏の決意は変わらなかった。途中手術を受けるようなそぶりを見せたときもあったが、A氏は医師の説明を受けた瞬間から手術を拒否していたというのが真実だろう。昼を過ぎた頃には、当然飲食は禁止だが、勝手に売店でアンパンを買って食べてしまっているのだった。
病院側は、その時点で手術はキャンセルとなった。それでも妻は状況が納得できないのか、説得はそれでもしばらく続いた。
午後になると妻もようやくあきらめたのか手術の説得に変わり、今度はA氏を「このだめ親父」とののしりはじめるのだった。
妻は手術開始の時間になると親戚がくること、終わったら娘がくることを心配していた。
「お父さん、手術を止めた理由はちゃんと自分で説明してよ。私は知りませんよ。説明しろたって出来るはず無いんだから。」
夕方になると親戚と思われる女性が現れた。そのときA氏は病室にいなかった。しかしA氏が手術を直前で止めたことを聞き、「私馬鹿らしいんで帰ります。」
すると妻も
「私も一緒に帰る。もう何もかもいやになったから私も帰る。お父さんは一人にしておけばいいのよ。」
「なに言っているのよ。旦那があれじゃあなたが後始末ちゃんとしなくちゃだめよ。」
「もうそれ以上私に話ししないで。これ以上かかわりたくないんで。」
といってすぐに姿を消してしまったのである。
しばらくするとA氏の娘が現れた。A氏の家族の中で、この娘がキーマンのようであり、旦那の説得に失敗した妻は、午後からずっと娘への説明を心配していた。ついに娘はT字帯やシャツ、バスタオルなどなど手術に必要な荷物を抱えていた。妻は病室に入る前にすでに看護師さんから手術をキャンセルしたことを伝えられていた。
「何お父さん手術しなかったんだって。冗談じゃないわよ。ちょっとこっち来て。」
「はい。」素直に娘に従うA氏。A氏は娘につれられて出て行った。
思わず私は、トイレで娘に痛めつけられている姿を想像してしまった。
病室ではB氏とC氏が「Aさんは娘さんの言うことには直ぐ従うな。」と感心していた。確かに私もそう思った。説得するなら娘が朝からいればよかったと思ったが、仕事が休めなかったらしい。
しばらくしてAさん家族が病室に戻ってきた。するとささっと、荷物をまとめると、「お世話になりました」と一言残して、退院していったのだった。しかし看護師さんには、入院時に乗ってきた軽トラは病院に置いておくように念を押されていた。
A氏は腕が上がらず車の運転ができないと病院側で判断したからである。(緊急時のハンドル操作に問題とのこと。)
再び静かな病室に戻ったわけだが、私はA氏のその後がかなり心配だった。自分で納得できず手術を止めたのは正解だったと思う。ちょっと決断にてこずってしまったが。いまごろご飯作ってもらえてるだろうか。もうこれからしばらく腕が痛いなんていえず、我慢しなくちゃならないんだろうな。」しみじみ整形外科の手術を受けるのは本人の考え以外にもいろいろ事情が絡んで複雑だなと思ったのであった。その点私は周りの環境に恵まれて幸せだと思えたのだった。
私の病室では、A氏が退院した後もB氏やC氏との会話で話題になり盛り上がるのだった。
「Aさんは私の手術後の装具を見て怖くなったんじゃないかな。」
「でもわれわれは手術を勧めることはできないよね。怖い気持ちもわかるし。」
「私も首の手術をするのに首の前から、食道や首の神経をよけて手術すると聞いたときには血の気が引いたもん。でも病室でもあれだけ言われてたから、家に帰ったらものすごかったろうね。ご飯食べてるかな。でも痛みは取れないから切ないよね。」
それからB氏が外来で手術の予約をするA氏を見かけたのは、3日くらいたってからだった。
普通なら笑い話で終わるのだが、今回はちょっと笑えない。
やっぱり痛かったのであろう。首のヘルニアは分からないけど、腰と同じだろうから普通は我慢できないと思う。それをA氏が我慢できるか切るのか不安だったが、取りあえずA氏が再び入院できそうなのでホットしたのであった。
→その3を読む
(2003.12.21)