酢豚

もう10月になってしまって古い話になるが、ちょっと前の新聞に、子供の自由研究・課題のために業者に頼む人もいるという話を見て驚いた。どうも、はじめはそんなの子供がやりたいことをやれば良いと親も考えるが、夏休み明けの成果発表会は親の発表会でもあるという噂がみみに入り、ちゃんとしたものでないと子供が可哀想とか、挙句の果てには親同士の競争になってしまうとのことで、業者に研究のテーマを依頼するとのことだった。
それはともかく、夏休みの課題というのは変にプレッシャーになり、せっかくの休みなのに面倒くさいと思うのは私もそうだった。べつにわざわざ夏休みにやらなくてもと思うのも確かである。

私の場合はどうかというと、むしろ、夏休みとは関係なく、普段考えていることをやってみる事のほうが楽しかった。今思うと私はちょっと変わった子供だったかも知れないが。

それは私が小学校の3年くらいだったと思うが、塩酸と硫酸を手に入れたいと常に考えていた。今なら犯罪に使うのかと心配されるかもしれないが、なぜそんなものが欲しかったかというと、私はたまに朝の6時台の教育テレビで高校の化学を見ていたことが原因だった。

その番組は豊富な化学実験を紹介していて、そこでおきる化学変化を見ていると、ものが溶けたり色が変わったり、意味がわからなくても小学生の私にとっては見ているだけで面白かった。
中でも興味を引かれたのは、塩酸や硫酸にアルミや銅などの金属を溶かし、出てきた気体(水素)に火をつけるという実験だ。硬いはずの金属の形がなくなり、出てきた泡に火がつくとは。

小学生の私はすっかり感動してしまった。このときから私は、それを自分でやってみたくなってしまったのだ。そのときから私はどうしたら実験できるか考え続けた。ずっと考えるのだが、当然小学生に作り方など思いつくはずもない。しかしそれでも考えた。

ある休みの日、いつものように時間が過ぎようとしていたが、そんな時私はひらめいた。何をひらめいたかというと、塩酸のエンはしお、サンは酸っぱいという字だという事実である。

私はこの事実を思いついてから30秒くらいで台所に行き、皿に台所の流しの下から酢のビンを取り出し、プラスチックの皿に注いだ。
私はこのとき、もしかしたらこの後大変なことが起きるかもしれないという思いから、誰かに見られてはいないか、緊張しながら作業したことを覚えている。
その次はいよいよ塩(しお)だ。緊張しながら私はそれを酢が注がれた皿に加えた。そしてスプーンでかき混ぜた。
幼い私の頭の中は、もう塩酸ができたと思っていた。(金属のスプーンでかき混ぜたところで何もおきないことに対しては、何も疑問に思わなかった。)

さて後はいよいよ1円玉を入れてみればよいのだ。私は自分の貯金箱から取り出した1円玉を入れてみた。私の頭の中では、激しく水素を出す様子が見えていたのだが、しかし予想に反して、1円玉はそのまま1円玉だった。酢の酸っぱさが足りなかったのか、私にはすぐに理解できなかった。

大体何をやろうとしていたのか、想像がつくと思うが私は、塩と酸っぱい酢を混ぜると塩酸ができると思ったのである。

私はなぜ失敗したのか考えたが、しばらくして私の大好きな食べ物のことを思い出した。 塩と酢を混ぜて塩酸ができたら、酢豚を食べたら大変なことになると。幼い私でも、明らかに自分の行為が的外れであったことを、気づかざるを得なかった。
私は家族に見つからないうちに、塩と酢の混合物を処分した。この実験がうまくいったら、風呂場にあった草津温泉の湯花と酢を混ぜて硫酸を作ろうと考えていたのだが、ここで断念するしかなかった。

私の実験は大失敗だったが、塩と酢を混ぜることを思いついた時と、酢豚の存在を思いついた時は頭に何か熱いものを感じたことを忘れない。結果はともかく、もしからしたら私の人生最大のひらめきだったかも知れない。

あれから30年近く経つが、あれほど熱くなったことは残念ながら無い。

ああこれからはもっと役に立つ、あのときのようなひらめきを期待したいものである。とりあえず酢豚が食べたい。

おわり

 

(2003.10.13)