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よそのお婆さんとの生活−その4 <エピソード7>電話の取り次ぎ
お婆さんの寝室の隣の部屋には、使わない時は高級そうな風呂敷きに包まれている黒電話が存在した。おそらく日本で一番に大事にされている物であろう。 最初何回かは、問題なく電話を使わせてもらっていた。電話を使っても電話のある部屋の電気はつけるのは禁止されており、使い終わった後に元どおりに電話を風呂敷きで包むのが厄介だったが、慣れれば暗闇でも包むことは出来た。 たしかに携帯電話やメール等のコミュニケーションツールが発達している今であれば考えられない状況であったが、何とかなると思っていた。 しかし問題はすぐに発生した。私に電話を取り次ぐのが嫌になってきたのである。お婆さんは、早寝である。更に電話はお婆さんの寝室と別の部屋にある。したがって、特に冬は電話に出るのが面倒なのである。確かに暖かい布団の中から寒いとなりの部屋に出るのは、生理的に見ても確かに問題である。 私の留守中に電話をした友達から話しをきくと、以下のような状況が明らかになった。 (1) 電話に出ると、お婆さんがいきなりこの電話に出るまでどれほど大変だったか、苦労したかを一方的にまくしたてられ、怒られる。 (2)偶然同じ日に、別の人間が先に電話をしていると更に最悪のようだった。誰からの電話かも確認せずにさっき言ったこと(以下に電話に出るのが大変で、迷惑かということ。)忘れたのと凄く怒り、いきなり電話を切られる。 まあ事情を知らない人間がかけてきたら、驚いて当然の状況だったらしい。 その後しばらくして、本当に必要な情報が伝わらないという問題も顕在化してきたので、何とか個人用の電話を引く事でこの問題は解決されることになった。 <エピソード15>終わりに 改めて当時の状況を書いてみると、かなり理不尽な状況におかれていたような気がする。確かに明治の女性は、物を捨てないなど見習うべき点も多かったが、子供のようなわがままさや、急に怒り出すなどの感情の起伏も激しかったような気がする。まあ自分の本当のお婆さんとは違い、他人のお婆さんならこんな物かも知れない。 まあとにかく4年間過ごせたということは、根は悪い人ではなかったからだろう。私も部屋のたたみに醤油を1リットル染み込ませたり、ポットのお湯を同じく染み込ませ、1Fの天井をぬらしたり、かなりまずいことをやっていて、それを許してくれたのでしょうがない。ちなみに醤油もポットも発見当時は同様で、学校から帰ってくると、容器が空の醤油のビンやポットが床に転がっているという状況だった。何らかの原因で、中身が入っている容器がたたみの上に落ち、蓋が良くされておらず中身がジュワジュワ畳に染み込んだと推定された。(CSIみたいだ。)ポットのお湯は、1Fの屋根にしみを作る程度で乾いたら問題はなかったが、醤油はかなりきつかった。雑きんで何度も何度も拭き取ったが、何度やってもすすいだ水は醤油スープのようになった。匂いも超強烈で、強力な芳香剤をすぐに買いに行かなければならなかった。 結局畳はどうしてもだめで、その上にベニア板をひいて封印した。最後に引っ越しをする時に、ベニア板をはぐるのが恐かったが、醤油の成分は分解されたのか意外と目立たない状況となっていた。(本当に良かった。) まあ私も最低限の生活は何とかできたこと出し、お婆さんの方も口ではいろいろ文句を言っていたが私を用心棒代わりにしていたことは確かである。まあお互い様ということにしよう。 ここには4年住んだ後、別の場所に引っ越したのであるが、その後会社に就職する時にお婆さんを挨拶のために訪ねた。生きているか心配だったが、前と変わらない表札を見た時はちょっと安心した。 私が家の中に入るといきなり私を元私の部屋に連れて行きこういった。 しかし彼女は何度も、 昔の私なら、だったら貸すな、何を言うかこの婆さんと思ったはずであるが、 その後10年近くお婆さんには会っていない。 終わり。 (2002.8.31) その3へ←
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