新幹線と水戸黄門を尊敬する(第4話)

<5日目夜 群馬県新治村>
新幹線のすごさに感動した後は、国道17号を新潟県境に向かいしばらく順調に進むことができた。幸い私の邪魔をするような人は出てこなかったが、今度は天気が悪くなってきた。東京からここまで幸い晴天が続いていたが、ここにきて初めて雨が降り始めたのである。雨が降ると寝る場所が限定されてしまう。私は雨が降ったら橋の下で寝ることにしていた。幸いこのあたりの17号は川とほぼ平行に走っている。ちょうど暗くなった頃、峠(三国峠)を上り始める手前に私は適当な橋を見つけた。
橋の下で寝る場合に注意しなければならない点がある。それは急な増水に備えることである。寝ている間に体がぬれるくらいなら良いが、流されたらおしまいである。このあたりは、上越国境の山脈が迫っており、雷雲の発生しやすい土地である。山での豪雨が、川の様相を急変させることは容易に予想された。やはり都市部での脅威は人であるが、ここから先は自然である。私は、持っていた4mのロープで自分の手首と橋の支柱を結びつけて寝た。これなら手首がちぎれない限り、流されることはないだろう。幸い天気はそれほど悪くはならなかったが、ロープのおかげで安心して朝を迎えることができた。

※ 川で泊まる場合は、急な増水への備えが絶対です。皆さんも川に行く場合は気をつけましょう。

<6日目 群馬県新治村〜新潟県塩沢町>
今日はいよいよ、三国峠超えである。三国峠と言ってもピンと来ないかもしれないが、三国峠(三国トンネル)を越えたところに苗場スキー場があるといえば、お分かりの方もいるだろう。
今日はまず標高差の克服である。三国峠は標高が1000m程度ある。出発点は標高は400mちょっとである。天気も回復し、私は、快調なペースで峠を上り始めた。私は東京を出るとき、この峠超えが一番の難所となると予想していた。しかし予想に反して爽やかで非常に快適な山道だった。やはり夏を過ごすなら高原である。峠までの道は、あっけないほど余裕のクリアだった。

さていよいよ次は、三国トンネルである。

この旅初めてのトンネル通過である。三国トンネルは長さが1000m以上ある。車なら3分であるが歩くと20分ほどかかる。また最悪なことに、このトンネルは古いタイプで歩道はなく、高さも十分ではない。壁に近い天井には、大型車がこすった痕跡が無数にある。とにかく狭いのである。ちょっと緊張したが、ヘッドライトと、銀マットを背負い自分の存在をアピールしながら、トンネル内に踏み込んだ。トンネルの中は、土石流の上を飛行機が飛んでいるかのような音である。大型車がトンネルの中に入った瞬間、行き場を失った音は轟音を維持したまま私まで届く。トンネルは音の遠近感を失わせる。実際にトラックは離れていても、すぐ後ろに迫っている恐怖を感じさせる。実際に車が近づいて、身をトンネルの壁よせると、体が壁に触れ今度はものすごいすすである。普段一瞬でとおりすぎるトンネルがこんなに怖いものだと初めて認識した。

※ 三国トンネルができる前は、人々はさらに標高が数百m高い旧道の三国峠を越えていた。水戸黄門はそこを通ったのだろう。登っても良いが、それでは登山になってしまうので、今回はトンネルを選択した。
※ この後トンネルはいくつも通過したが、たとえ歩道があってもトンネルは怖いものである。

三国トンネルを超えると、苗場スキー場である。温泉や、登山やゴルフなどのためか、けっこう賑わっていた。私は、国道脇の駐車場からプリンスホテルを見ながら昼ごはんのパンをかじった。苗場には用はないのでさっさと通過し、湯沢に続く道を急いだ。

繰り返しになるが、本当に夏の高原は気持ちよい。国道の脇に流れる河は、青く澄んでいる。清流を目の当たりにした私は、ここ5日ほど、風呂にも入っていないし、洗濯もしていないことを思い出した。次の瞬間、私は服を着たまま川に入れば、水浴び+洗濯が一気にできるすばらしい考えを思いついていた。今思うと、服は服で洗濯し、裸で水に入ればよかったような気がするが、当時の私にとってはなぜか、服を着たまま水に入ることに意味があったようだ。(多分先を急いでいたからだろう。)あまり服の汚れは落ちなかったような気がするが、ともあれ私は、服を着たままの水浴びを堪能し、再び水を滴らせながら国道を歩き始めた。水を滴らせながら歩く、この格好はかなり変なやつに見えるだろうと、自分で自覚しながら歩くのだった。

つづく。


(2002.2.11)

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