新幹線と水戸黄門を尊敬する(第2話)

<3日目 鴻巣〜伊勢崎利根川河原>
この日は天気も良い。遥か向うには熊谷の街が見える。しかし私は風景どころではなく、朝から足の裏の激痛との戦いだった。足の裏の痛みは5分ほど歩くと神経が麻痺するのか、何とか歩けるようになる。

しかしひとたび立ち止まり、再び歩き始めると前にも書いたがまさに道路は焼いた鉄板と化すのである。この時の私の歩くスピードは時速2Km程度だっただろう。一般の人よりは確実に遅かった。傍から見れば、格好だけの若者が、病人のように足を引き摺り、顔を苦痛にしかめて歩く姿はかなり怪しかったに違いない。

昼までは地獄だったが、午後になると足の痛みも麻痺しなんとか人並みの時速4Km程度で歩けるようになった。足の痛みは耐えられるレベルであるが、さすがに夕方が近づくと、ほとんど寝ていない体は限界に近い。

今日は早めに寝る場所を確保しなければ。地図を見て今夜の野宿の目星を付ける。今日は本庄から17号を離れ利根川の河原に寝ることにした。利根川沿いに北上すれば明日は、前橋に抜けられる。私は何とか、暗くなる頃には利根川の河原にたどり着くことができた。

このとき私は近くにコインランドリーを発見した。着ているものは既に汗や車の排気ガスや埃で汚れていた。おそらくこれ以上田舎に行くとコインランドリーはないだろう。疲れていたが迷わず私は洗濯することにした。コインランドリーは私にとってはおなじみの場所であった。なぜかほっとしたことを覚えている。

洗濯を終えた私は、再び河原に戻り、歩道の下の草斜面に寝転んだ。利根川の斜面は素晴らしかった。適度な草が生えており、寝心地も良い。これならマットも要らない。私は洗濯ものを自分の周りに広げてその中心で寝ることにした。洗濯ものも朝には乾くだろう。時刻も夜の十時。寝るには丁度良い。前の日は一睡もできなかっただけに、今夜は良く眠れるだろう。
なんて思ったら大違いだったのである。

私がうとうとし始めると、河川敷をバイクに乗った男が近づいてきた。こんな所に何をしに来たのだろう。(相手も同じ事を考えたと思うが。)私に用事がないようにという期待もむなしく男は私のところにきて、言った。「伊勢崎のオートレース場はどこかな。」「さー。ここら辺の人間じゃないんで分からないです。」顔は見えないが、声からして男はおじさんだった。「こんな所で何してんの」「これからここで泊まろうと思っているんです。」その答えに対して男は「じゃあ丁度いいや。俺も一緒につきあうよ。」私は心の中で「何だとーーーー」と叫んだ。しかし、ここで断って面倒なことになるのもまずい、相手はバイクで私の足は到底逃げられる足ではない。断然私の方が不利であった。仕方なく付きあわざるを得なかった。

男は酒を持っていた。つまみまで持っていた。もしかして良い人か?しばらく飲んでいて話しも尽きたとき、男は「寝る準備をしよう。もっと川に近いほうに降りよう。」と私に切り出した。私は、「準備なんか要らないでしょう。ここで良いじゃないですか。」と答えた。私は、夏の川では水に近いところで寝るのは危険であることを知っていた。前日も利根川上流で集中豪雨があり、下流の河川敷で流されそうな人がいたはずだ。男にそれを説明しても無駄だった。男は執拗に私にもっと下で寝ることを勧め、挙げ句の果てには私のマットを先取りして降りていってしまったのである。これから先を考えると私にとってマットは大事である。

仕方なく追いかけていくことにした。下に付くとそこは、地面は傾斜はなくとも10cm程度の石がごつごつしていた。私が男からマットを奪い取って寝ようとしたら、男はマットを一人占めするとはずるいという。仕方なくマットを横にして、腰だけが痛くないようにして使うことで合意し、男とかなり近い距離で寝ることになってしまった。私は心の中で「今日こそ寝ようと思ったのに。このバカおやじーーー」と叫んだのであった。

しかしこれで何とか寝られる、次の日の朝を迎えられると思ったら大間違いだった。うとうとしかけた頃、そのオヤジは何と私に覆い被さってきたのである。寝相の悪いオヤジなのか?次の瞬間その考えは否定された。オヤジの手がなんと私の下着の中に入ってきたからである。なんか執拗に寝る場所を移そうして変だと思っていたが、これが目的だったのか。

さすがに私もそこまでは許せず(当然である。)、次の瞬間オヤジの手をひねり挙げ逆にオヤジを抑えつけていた。当時私は引っ越しのバイトをしており、腕力にはかなり自信があった。足は疲れていたが、上半身はパワーを維持していたのである。その時のオヤジの言葉は「何で。良いじゃない。分かった何もしないからねよう。」であった。この時このオヤジはかなり酔っており、私が押さえつけているにも関わらず寝てしまった。(寝た振りだったかも。)しかも私のマットを下にして。

繰り返すが私にとってマットは大事であり、その場を離れることもできなかった。しかし、このオヤジが信用できない以上、お金も装備も取られる可能性があった。疲れているとはいえ警戒を怠ることはできなかたった。と言う事でこの日の夜も私は、ほとんど一睡もできずオヤジの情けないいびきを聞きながら朝を迎えたのであった。

周囲が明るくなった頃、オヤジは爽やかな朝を迎えたようだ。オヤジは私におはようの挨拶をした後、前日のつまみの残り(コンビニのから揚げ)を朝飯代わりなのか起きた直後にもかかわらずかじりはじめた。人はほとんど寝なかったというのにいい気なものである。そのオヤジの姿は、かなり情けない。明るいところで見ると、何もなかったとはいえ、近くで一夜を過したことが改めて悔やまれた。しかしこのオヤジとはこれ以上かかわってはいられない。私は男からマットを奪うと速攻でそこを後にした。男は爽やかに気を付けてと私に挨拶した。まったく大迷惑なオヤジだった。

この日の夜の事件によって、疲れ果てた体、特に足が利かない状態での危機管理が非常に重要であることを学習した。相手がバイクに乗っていたことはかなり不利な状況であったが、情けないオヤジで良かった。この時のホットした気持ちは今でも忘れられない。

男の後を2kmほど歩くと、オートキャンプ場があった。そこには、不潔なオヤジではなく、爽やかな家族の団欒があった。私は思わず立ち止まった。「ごはん出来たからお父さん起こしてきて。」「はーーい。」という母子の会話があった。汚いオヤジと過した場所からそんなに離れていないところにこんな世界があったとは。この時はその人々がものすごくしあわせそうに見え、「俺にも仲間に入れてくれー」って感じだった。しかしそれが許されないことは充分承知している。私は2晩ほとんど眠れないまま、痛む足をひきずりながら次の目的地を目指して歩き出すのであった。まだ先は長い。

つづく

(2002.1.6)

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