節約な人々のリスト

 NO.1 ドンブリマンさんその2 節約漂流記 (以前のドンブリマンさんのお話はこちらです)

1.はじめに
はじめて、節約な人々にアップされてからはや・・・?年。小生も31歳となりここでリニューアルさせて頂きます。

2.新潟時代節約術
 以前に紹介したとおり、新潟時代にはいろいろな節約術を試しました。もちろん、独身が故にコンスタントに貯金は増えて行きました。少し経済的に余裕ができたので、ギター教室にも通っていました。そんな私に突然元彼女からの別れ話を切り出されたのは2002年3月ごろでした。痛手でしたが、気を取り直して環境と金銭面を再考しました。

1)環境(精神面) 彼女から別れ話を切り出されたのは、自分の足らないところが確認できたいい機会だった、いい経験だったのだと言い聞かせました。
2)環境(物質面) いい機会だったので引越ししました。知り合いの方とゴルフに行ったときに、その方の所有するアパートに「敷金・礼金要らないから引越ししないか?」といわれ、幸運なことにガソリン代程度で引越しをすることができました。
3)自己投資(金銭面) →当時の出費として、彼女の家に行く(200km程度)、長電話、デート代がなくなったのでそれらの金を、フィットネスクラブ(チャビー夫妻も入会していた)、固定電話を解約し携帯電話に変えました。
どんぶり勘定故、これらの手法に変えてからも、特にお金に不自由することなく、心身共に平和に過ごしていました。その他の節約術は変更しませんでした。

3.突然の転機
 突然の転機を迎えたのは2002年12月、上司から「北海道に行かないか?」といわれ「行きます」と即答しました。それは以下の理由からです。

1)北海道に住むことが、私の幼い頃からの憧れだった。

2)独身が故、反対する人がいなかった。

3)死んだら灰になるだけだから、死ぬ前にやりたいことをしようと咄嗟に思った。
そして、2003年1月から北海道帯広で住むことになりました。

4.帯広時代節約術
意気揚々として北海道に渡ったのですが、待っていたのは仕事(技術・営業・庶務を兼任)と極寒(心身とも)でした。職場の転勤なのでそれほど支出はなかったです。当初は、私一人北海道に赴任したので、職場も自宅もダンボール箱のまま一ヶ月程度過ごしていました。慣れない土地での生活で、最初は節約など考える余裕もなく過ぎていったのですが、新潟時代と比較し出張が多くなったので、心の持ち方や不必要なものの整理その他健康管理による節約を試みることにしました。

1)環境(精神面)

・出張は、「旅行なんだ」と言い聞かせた(旅行代の節約)
・出張中は、少々値が張ってもおいしいものを食べた(ストレス解消法)
・外食時には、地元の人に聞くか情報誌でおいしいところを調べてから行った
(ストレス解消法)

2)環境(物質面) ・転勤の際車を手放したので、駐車場代、車税、保険代がかからなくなった。
・車が必要なときはレンタカーを借りるようになった(私の場合、車を所有するより安価)。
・あえて、給与振込みを新潟に残して、クレジットカードを多用するようになった
 (物欲があまりないこと、現金払い時よりドンブリ勘定度が下がったことからこの手法は正解でした)。
3)健康管理編 ・病気にならないように気をつけるようになった(医療費用の削減)。
・車を手放したので、自転車での移動が多くなった(運動不足の解消)。
・体調維持のため、水泳を習い始めた(運動不足の解消)。
・職場から近かったので、昼飯を自炊するようになった(外食費の抑制)。
主に食べていたものとして、納豆・ヨーグルト・きなこ・ココア・にんにく・たまねぎ・小魚・わかめでした。ちなみに私の健康キーワードは、「笑うこと」、「便秘撲滅」、「さらさらな血」、「骨太の方針」です。

5.札幌節約術
帯広での生活や節約手法もほぼ確立し、人脈も増え始めた2004年8月に「10月から札幌に移動すること」が決定しました。私の節約人生初の政令指定都市ということで、帯広で今後の作戦を練ってから札幌に移住しました。

1)帯広での行動
・住居形式の選択……札幌は学生の多い町なので、娑婆は不景気だから「社会人でも受け入れる賄い付きの下宿があるに違いない」と確信し探したところ1件発見しました。夏は5.0万、冬は5.6万(朝夕食事、24時間風呂、24時間インターネット込み:机・ベッド・衣装ケース・ストーブ付き)の破格の値段に一目ぼれし、すぐ申し込みました。
・いらないものの整理……下宿を選択したことで、今まで使用していた家電製品はリサイクル屋さんに売却しました。また、新しい部屋に押入れがないため自分の荷物で使わないものは極力捨てました。案外荷物がスリムになったことで、心もスリムになりました。

2)札幌での行動
・健康管理……会社まで主に徒歩または自転車で通っています(往復5km程度)。また、晴れた日は近くの公園で筋力トレーニングをしています。これらにより、運動不足解消のためのプール通いは不必要となりました。また、下宿では通常のご飯の他、朝はヨーグルトを、夕飯には納豆を自前で準備し食べるようにしています。
・時間管理……家事労働にかける時間が少なくなった分、読書や勉強(自己投資)に充てるようになりました。
・金銭管理……今の部屋に置けるスペースはほとんどないので、購買欲が抑制され逆に金銭管理ができるようになりました。

6.さいごに
以前、なぜ節約するのという問いに対し、「節約が1番の目的でなく、自分が、あまりに便利さに慣れさせない為」と答えていました。今でも、その気持ちに変わりはありません。 
節約は「自分にとって本当に必要なもの」を気づかせるいい機会だと思います。
30歳を過ぎて、自分が本当に必要なものは、「健康」と「精神力」と「自分が続けられる仕事」と「仲間」と「不自由しない程度のお金」と「良書」だと確認しました。これからも自らを大切にして、生きて行こうと思っています。また、環境の変化に対応して新たに「ドンブリマン流節約術」を編み出したいと考えています。

参考資料(ドンブリマンのつぶやき)
母の思い出
私の倹約(節約)生活は、母の存在抜きには語れません。
小さいときの母は、「鬼」でした。
家事が何もできなかった父の二の舞にさせまいと、あの手この手で「家事の習得」方法を編み出していました。
私の実家では、家事の当番制度がありました。
小学1年から、平日は風呂と朝ごはんを兄と当番制で高校2年までやってました。
ほかの家では、そのような話は聞いたことがなく、他人と比較しやらないものなら「晩御飯ぬきだ!」の一言に圧倒され、淡々とやってました。
休日は、洗濯と掃除が待っていました。
母が病気のとき、一番年下の私が家事をすることになっていました。
おかげさまで、現在31歳独身で家事労働が趣味の域に達し生活は成り立っています(今は、下宿住まいで食事はやっていません)。
男でも家事ができないと駄目だ!と母が言っていたことを今でも思い出します。

(2004/11/21)